Happy Christmas!
(Happy Christmas, Hisa
Happy Christmas, friends)

So this is Christmas
And what have you done
Another year over
A new one just begun
And so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear ones
The old and the young

A very merry Christmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

And so this is Christmas
For weak and for strong
The rich and the poor ones
The road is so long
So happy Christmas
For black and for white
For yellow and red ones
Let's stop all the fight

A very merry Christmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

And so this is Christmas
And what have we done
Another year over
And a new one just begun
And so this is Christmas
And we hope you have fun
The near and the dear ones
The old and the young

A very merry Christmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear
War is over, if you want it
War is over now

Merry Christmas
固定リンク | comments(0) | trackbacks(0) | この記事を編集する
冬至
冬至。
一年で一番夜が長い日。

今朝のニュースで、今日が冬至であることを知ったわたしは、
午後から息子と銀行に行き、その帰りにカボチャとゆずを買い込んだ。
カボチャが苦手な夫、普通に煮ても絶対に食べてくれないだろうと思い、
シチューを作った。夕方の早い時間から、いつもより丁寧に。

息子と二人で夕飯を済ませ、ゆず湯に入る。
まだ満足にお話出来ない息子に、
カボチャを食べる理由、ゆず湯に入る理由を話しながら。

そして、今は一人でキャンドルナイト。
AVEDAのアロマキャンドルと、
先日友人からいただいた手作りのキャンドル二つ。
PCの電源は使ってしまっているけれど。


20091222222123 (2).jpg


静かな夜、たまにはいいものです。
固定リンク | comments(0) | trackbacks(0) | この記事を編集する
ご縁
お坊さんと飲んだ。

会食とか、そういう気取ったものではなく、
大阪の道頓堀ど真ん中で、芋焼酎を数杯飲み交わした。

先週末のこと。


その若きお坊さんと話していたわたしは、
次から次へと出てくるすてきな言葉を漏らすまいと、
バッグに入っていた紙に、友人に借りたペンで、
ひとつひとつ大切にメモを取った…つもりだった…
が、翌朝、その紙を見ると、
メモを取った紙は、友人からもらった手紙の裏面、それも破れている。
そして内容は、支離滅裂。
なぜかアンパンマンの歌詞が書いてある。
さらに、友人から借りたペンは返さずそのままバッグの中に。


だけど、ひとつだけ、これだけはメモを取らずに覚えていた。


人やモノゴトは、「好き」か「嫌いか」ではなく、
「ご縁」があるかどうか。
「ご縁」がない人は、好きにならない、嫌いにならない。


わたしは、今日も「ご縁」という言葉を使う場面があった。
大切にしたいと思う。
固定リンク | comments(2) | trackbacks(0) | この記事を編集する
今日のわたしにピンときた言葉
青山学院大学のシンポジウムに出かけた。

そのタイトルは、
『創造都市・東京の未来
~若者とクリエイターとの交流による知の創造と文化の発信~』

アカデミックな場だから、タイトルは堅苦しいが、
私には非常にタイムリーで、面白いシンポジウムだった。

パネリストは以下の面々。
(敬称略)

・福原義春(企業メセナ協議会会長)
・今村有策(トーキョーワンダーサイト館長)
・山本哲(イベントプロデューサー)
・熊楚御堂朋子(NHKプロデューサー)
・井口典夫(都市プロデューサー)
・日比野克彦(アーティスト)
・箭内道彦(クリエイティブディレクター)
・田中里沙(宣伝会議編集室長)



その中でピンときた言葉。


トーキョーワンダーサイト館長の今村さん:

「クリエイティブ=前衛」という図式が必ずしもいいのではなくて、
「古典」がクリエイティブではないとも限らない。
「古典」を生かし、「古典」と「前衛」をいかにプロモーションするか、
そして、その中でどんな新しい事件を起こしていくか、
それこそが「新しいクリエイティブ」なんだと思う。


クリエイティブディレクターの箭内さん:

「今まで通りのことが通用しなくなったときに、面白いことが生まれる」



近頃の私は、本当に忙しく、期間限定のアシスタントを起用しようかと
まじめに考えるほど、身の回りのことが回っていない。
シンポジウムに行く余裕などあるわけないのに、
今日は、どうしても行きたかった。なぜか惹かれた。

この二人の言葉によって、ひとつわたしの考えていることが解決されそう。
ちょっと見てて。

固定リンク | comments(0) | trackbacks(0) | この記事を編集する
「りんごの話」に小さな思いやりを見た
わたしは、このブログを育児日記にしたいわけではないんだけれど。


今日は寒かったから、
身体が温まるように旬の野菜ばかりを入れたスープを作って、
それを息子と二人で食べて、
デザートに実家からもらった蜜がたーっぷり入った
青森のりんごを食べていたときのこと。

そのりんごが美味しくて、二人で夢中になって食べていて、
気付くと最後の1個に。
わたしは、食いしん坊の息子が食べるだろう、と、
テーブルの上の整理を始めたら、
「ママ!」と声をあげてわたしにりんごを差し出す。
「いいんだよ、食べな!どうぞ!」と言っても、
首を振って食べない。
なかなか食べないから、
「うーん、じゃぁ、ありがとう!いただくね!」と言って、
半分くらい食べたら、なんだか切なそうな顔。
残りの半分を息子に差し出したら、一口食べた。
そしてまたわたしに差し出す。
「ママが半分もらったから、どうぞ!はんぶんこしよ!」と
言っても、その一口食べただけ、そのまま私に差し出す。
「じゃ、ありがとう!」とわたしがちょっとだけ食べて、
また息子に差し出すと、またちょっとだけ食べて
「ママ!」と言い、どうぞの手まねをして、
小さくなったりんごを差し出す。
そして、小さな小さな一口を繰り返し、
息子の小指の爪ぐらいまで小さくなった。
最後は、わたしが食べた。

息子は、大のりんご好き。
本当は、ぜ~んぶ自分一人で食べたかったはず。

わたしは、ポロポロ泣いた。
思いやりのかけ方なんて、誰も教えていない。
ひとつのものを分け合う美学もまだ分からないと思う。
これは、人間として生きていくための本能なんだと思う。

息子のコミュニティは、まだまだ狭い。
まだ、家族と親戚と私たちの友人関係くらい。
これから成長していくにつれて、たくさんの人に出会い、
それはいつか国を超えて、親以上に広い世界を見ることになると思う。
その過程で、この「りんごの話」のような思いやりを持って、
たくさんの人とたくさんのものを分け合い、共有していく、
そんな意識を持って過ごしていって欲しい、
そんなことを思った夜だった。
固定リンク | comments(2) | trackbacks(0) | この記事を編集する