モグラの穴
DSC_0144.jpg


新年早々、事務所前の庭のモグラさんと戦っています。

今は、薄い黄色に枯れているものの、
初夏になると、青々とする比較的広い芝生は、
いい季節には、大人のリフレッシュの場所になり、
子どもたちは思いっきり走りまわって遊べる、
まさに、わたしたちの憩いの場。

そこに、冬になるとモグラが出現。
夜、芝を崩し、モコモコっと芝の下の土を山にして、
朝になると、芝生のアチコチに土の山…。

最初の頃は、「ま、いっか」なんて呑気に思っていたのですが、
これが毎日になると、さすがに、

「私たちの芝生を壊さないで~」

こうなるわけです。

義父に聞き、いろんな「対策」をしてみたものの、
めっきり効果なし。

そこで、近所の農家のおじちゃん登場。

おじちゃん:「モグラすごいねぇ~。大変だねぇ~。」

わたし:「そうなんですよ~。どうしたらいいかなぁ~。」

おじちゃん:「オレも昔は水攻めとか、いろいろやってみたけど、
なんもきかね。なにも意味ねぇ~よ~。
あんだってよぉ~、モグラだってモグラの生活があるんだからよ~。
そうだろ~、お前らだって、生活あんだろ~~~」

この言葉に妙に納得したわたし。
確かにそうだ、そのとおり。

というわけで、毎朝増えていくモグラの山は、
いまは、息子の砂場代わりとなっています。

モグラの生活の一端で、人間の子どもが遊ぶ…
これこそまさに共存、ですね。

固定リンク | comments(0) | trackbacks(0) | この記事を編集する
2011年もありがとうございました…
DSC_0059.jpg

ツィッターとフェイスブックを始めてから、
すっかりブログに向き合うのを怠けてしまっています。

そうこうしているうちに、あっという間に年の瀬、30日。

わたしたち日本人にとって、絶対に忘れられない年となった2011年が、
静かに過ぎようとしています。

皆さんにとって、2011年はどんな一年でしたか?!

わたしは、311以降、大きな「気付き」があり、
それにより、わたしの考え方、行動が大きく変わりました。

その「気付き」とは、
以前、このブログでも書いた'localization'という考え方。
http://blog.friendlyday.org/?eid=267

いま住んでいる九十九里エリアに心を開いていなかったわたしは、
(ちょっと大袈裟で、野暮な表現かしら…?!w)
311直後の大きな大きな不安のなかで、
localな繋がり、その強さを、心の底から実感しました。

「地域に根をはっていなければ、外での活動はなんの意味も成さない」

率直に、そう思いました。

きっとこのことは、無意識レベルではとうに分かっていたことなのに、
(わたしの場合は)東京のカタチの良さとか華やかさにかまけて、
いつの間にか忘れてしまっていたのかもしれません。

根腐れした木は、間もなく死んでしまうし、
根が弱い木は、幹も太くならないし、花も実も付けない。

東日本大震災で被災された方々は、
間違いなく、自らの地域の復興に全力をあげて取り組んでいらっしゃいます。

311は、わたしもきっととうの昔に分かっていたことを、
無意識レベルから意識レベルに引き上げてくれた出来事となりました。


また、人間の「おごり」を感じた年でもありました。

それは、放射能問題に強く強く感じたこと。

日頃、イベントづくりやモノづくりに携わっていると、

「いかにリアルに想像できるか」

がキーになったりします。
なにもないところから、「イチ」にして、
骨組みをつくり、仕様案を出していく…。
それには、負(危険性やリスクなど)の想像も含みます。

ひとつのモノやコトに対し、平面的ではなく、
立体的に、さまざまな角度から想像するのです。
想像することにより、さまざまな反応に対応できるようになります。
逆に言えば、想像できないことはカタチにならない、のが常です。

わたしは、原発に関しては、
賢い人間様の「想像力」はまったく生かされずに、
経済的なメリットのみを考え、突っ走ってしまったんだろうな~と、
常々思っています。

というよりも、誰も想像することをしなかった…、出来なかった…。

原発は人間の想像力をはるかに超えてできたもの、
リアルな想像をせずに、
「まぁ、なんとかなるでしょ…」
こんな感じで安易に原発を建ててきたように感じてならないのです。
それが日本各地に存在するという事実は、
どう考えても違和感に溢れています。

原発に関しては、皆さん、それぞれの意見をお持ちかと思います。

わたしも語ろうと思えば、何時間も語ることができますが、
とにかく無関心過ぎましたね、わたしたち。

まずは、エネルギー全般について知ること、見つめること、
改めてここから始めたいと思っています。


最後に…

今年は、個人的には大切な友人を二人亡くし、
近しい親戚を一人亡くしました。
3人とも女性、死因はがんです。

やはりどんな時も、健康第一。
食生活、生活習慣を見なおした一年でもありました。


どうか2012年は、ずっとずっと笑って過ごせますように。
皆さん、良いお年をお迎えくださいませ。

新年は、10日(火)より通常業務を開始いたします。
固定リンク | comments(0) | trackbacks(0) | この記事を編集する
東日本大震災における被災産婦に義援金を!
日頃、さまざまなプロジェクトでご一緒させていただいている
ジョイセフさんより、緊急のお願いが届きました。

東日本大震災における被災産婦に
直接支給する義援金「ケショ」の資金不足により、
更なる支援の呼びかけを!というお願いです。

ジョイセフさんが7月1日より支給を開始した
「ケショ」の対象者(支給者)が、
2011年11月12日現在、2004名に達しました。
http://www.joicfp.or.jp/jp/tohoku_earth_quake/tohoku_how/kesho/sokuho/

今後、被災産婦の数は12月末までに2800名を超えると予想されます。

支給を開始した当初、
「義援金の資金がなくなった場合は、早期に支給を締め切る」
と告知しておりましたが、
避難生活を続ける産婦さんからの強い継続の要望をいただいており、
12月末日までの期限付きで、
緊急の支援(寄付金)の呼びかけを決定いたしました。

現在、被災産婦800名分の義援金が不足しているそうです。
一人につき、5万円の支給になるので、総額4000万円!!!

12月にジョイセフが主催するMODE for Charity 2011では、
(FDI藤田がコンセプターをつとめています)
タンザニアの妊産婦支援を呼び掛けるに加え、
この不足している被災産婦への義援金をも呼びかけます。
が、まだまだ足りません。

とても大きな金額ですが、
不安な日々だった私の妊婦生活を想っても、
やはりどうにかして力になりたいな~と思います。

チリも積もれば…の精神で、
どうか皆で少しずつ支援できれば、と思います。

◆支援金のご寄付は、下記よりお願い致します◆
http://www.joicfp.or.jp/jp/tohoku_earth_quake/donation_tohoku/
固定リンク | comments(0) | trackbacks(0) | この記事を編集する
たまには、アートの話を。
shot_1316739559867.jpg

先日、東京都現代美術館のパネルディスカッションに行ってきました。

9/23より開催されている企画展、
「ゼロ年代のベルリンー
わたしたちに許された特別な場所の現在(いま)」の
スポットイベントです。

パネルディスカッションのタイトルは、
「ベルリンのアート・シーンについて」

以前、縁のあったドイツの話題、
そして、わたしがいま最も注目している都市のひとつであるベルリンの、
しかも!!アートな話題!!

わたしのアンテナは、反応しまくりでした。

1989年にベルリンの壁が崩壊し、
1990年に東西ドイツ統一、
1991年に首都となったベルリン。

いま、ベルリンに暮らすアーティストは、
6000人から10000人いると言われています。

もちろんインターナショナル。

移住者は増え、激変しているといいます。

アートに詳しいひとは、
いま、ベルリンが面白い!と言いますが、
そのパネルディスカッションを聞いて、
わたしなりに、その面白さが分かった気がしています。

通常、アートは助成があって成り立つ、
と言っても過言ではないほど、
アートと資本は関わり合っているものです。

ベルリンには、400余りのギャラリーがありますが、
ベルリン市には、アートを助成する財力がないそうです。

多くの外国人アーティストたちは、
ベルリンに住み、ベルリンでアーティスト活動をしているけれど、
その資本は外国から…ということが常だそう。

因果関係はわからないけれど、
貧しいとアートは盛り上がる、そんな考え方もあるようです。

ただ、アートに助成がなくとも、
アーティストたちは暮らしていかれるのか。

それは、イエスです。

アーティストには、社会保障制度が整っています。

保険や年金はもちろん、
家賃や交通費の優遇もあると聞いたことがあるような…?!
だから、アーティストたちは、アルバイトをしなくとも、
創作活動に没頭できる環境にあります。

きっとこれは大きい。

自治体に財力がなくとも、
国家的に、アートへの理解が深いのでしょうね、
だから、政治にアートが関わること、
あるいは、わたしが日頃提案し続けている、
社会活動にアートが関わることは日常なのです。

さらに、わたしが面白い!と思ったこと。

それは、移住してくるアーティストが、皆、
ベルリンを嫌いで移住していること。

これまでニューヨークに住み、活動していたデンマーク人のアーティスト、
あるいは、ロンドンから移住したイギリス人アーティストは、
移住当初は、ベルリンが嫌いで仕方なかったと話していました。

町はグレーがかっているし、
何を聞いても'nein(no)'と言われ、
欲しいものが何もない場所だったと。

ただ、前にも書いたように、
アーティストたちは、社会保障制度が充実しているため、
バリバリ働かなくても生活ができる、
それにより時間ができ、精神的な余裕が生まれます。
アーティストとして表現したいギャラリーや空間探しも
あまり苦にならないし、
それを使っていいよ、という寛容さもあります。

欲しいものがなにもない場所に、
アーティスト表現に必要な時間と空間は十分にある…
これは、完全に「ゼロ」の状態。

つまり、ベルリンにおいて、アーティストは自由なのです。

何もない、時間と空間は充分にある場所で創作活動をすることは、
アーティストのクリエイティビティを発揮するには、
とっても適した場所!!

だから、ベルリンは面白いんだな~と感じました。

でも、これって…
いま、日本でさかんに言われるようになった
「ローカリゼーション」という考え方にも繋がるような…?!

長くなってしまったので、この続きはまたの機会に。
固定リンク | comments(0) | trackbacks(0) | この記事を編集する
リユースTシャツ 初めての流行
th_IMG_7096.jpg

ここ最近、リユースTシャツをご購入いただく方々のなかで、
流行っていることがあります。

それは、リユースTシャツを切ること。

「Tシャツを切る」

……?!

皆さん、頭にハテナが浮かんでいませんか~?!

もちろんむやみに切るということではなく、
より可愛く着るためのリメイクです。

すべては、わたしがTシャツの襟を切ったことから始まりました。
肩幅の広いわたしは、Tシャツを可愛く着こなすことが出来ず、
それはもう長いあいだ悩んできました。
時には、ショールを巻いたり、トップスに拘ったりしながら。

リユースTシャツは、環境プロジェクトと言えど、
ひとつのファッションアイテムだと考えています。
町のアパレルショップと同じく、
販売している人間が可愛く着こなしていなければ、
その商品の価値も半減してしまう…
そう考えています。
むしろ、環境商品だからこそ、
可愛く着こなさなければ、環境意識の拡がりは見込めません。

そこで、初夏のある日、鎖骨が出るよう、
襟を大きく切ってみました!!!
(上の写真で、藤田が着用しているのが、
襟を大きく切ったリユースTシャツです。)

すると、なんと女性のお客様と話す機会が激増したのです!

「え?それって『リユースTシャツ』なんですか?!」
「どうやって切るの~?!」

皆さん、興味津々!

「実は、Tシャツって苦手なんだよね~。
だけど、こうやって着ればいいんだね~!
わたしもやってみた~い!!!」

中には、
「いまここで切ってもらうことはできますか?」という方も。

そして、出店するたびに、
「わたしも切る~」
「わたしも切る~」
そんな声がたくさん聞こえるようになりました。

写真は、先日のアースデイマーケットちばのスタッフさんと撮影した写真。
お揃いのリユースTシャツ(山野さつきさんデザイン)をご購入いただき、
この写真撮影のあと、全員がTシャツをカットしていました。
固定リンク | comments(0) | trackbacks(0) | この記事を編集する